TOP<< 前のページに戻る
 第7回 幸手に狩野派の絵師がいた!

●(有)大久保葬祭 (中4−16−45)http://www.ookubosousai.co.jp/

 仲町商店会にある通称「えまや」(現在は(有)大久保葬祭)は、市内の有名な絵師(絵馬師)だったのです!
 初代の「大久保 兼吉」氏は、江戸時代末期の狩野派の絵師「鈴木 探妙」の子(三男)で、次男の鈴木国信(市内久喜町に在住し、後に古河に移住)とともに幸手に定着して絵師として活躍しました。
 初代絵師兼吉氏は、「松林斎 亀山」(しょうりんさい きざん)と号して近辺に数々の絵馬を残しました。
※天神神社(天神島)・香取神社(惣新田)等の絵師
 また3代目で孫の「大久保 利一」氏(「景岳」と号する)は、埼玉県内でも有数な絵馬師の一人で、絵も書もできる貴重な存在、と言われていま す。
※満福寺(中4)の絵師
絵馬屋といっても絵馬だけでなく、際物(季節の間際に売り出す品物)全般を製造販売していたので、破魔矢・羽子板・鯉のぼり・盆花・花輪・提灯・葬儀用蓮華の花など、季節に応じたいろいろな仕事をしていました。
幸手には戦後数年まで10人くらいの職人がいたそうです。

【天神神社絵馬】
大久保 景岳氏寄進
【満福寺 幸手絵馬】
額の中に13枚の小絵馬が!

<絵馬(えま)って?>

*絵馬は、神社やお寺に祈願するときや、その祈りが叶えられたときにお礼として奉納する絵の額のことです。
*絵馬の歴史は奈良時代までさかのぼり、もとは生きた馬を献上したといわれ、それが木や土に、さらに絵を描いた馬になった、といわれています。

※画像をクリックすると拡大します。 【満福寺観世音菩薩画】
観世音菩薩の画もあります
< 現在の(有)大久保葬祭 >
【本店(中4)】 【セレモニーホール(東さくら通り)】
★大久保 兼吉氏の絵馬については、現在探しています…。
※ 資料提供・取材協力 大久保 順一氏 ※ 取材協力 木村 典朗氏 満福寺様 ※ 参考文献 幸手市史 民俗編

● 第1回 幸手の『横丁鉄道』

● 第2回 明治の元勲が宿泊された由緒ある旅館

● 第3回(番外編)商工会は鉄道を誘致した?!
● 第4回 日光道中幸手宿の銘菓菓子店『大塚屋』とは!?
● 第5回(番外編)権現堂という地名の由来とは?
● 第6回(番外編)NHK「生中継 ふるさと一番」にて放映!
● 第7回 幸手に狩野派の絵師がいた!
● 第8回(番外編)今でも残る幸手宿の町家は『味噌屋』だった!?
● 第9回 江戸時代からある幸手の和スイーツとは?!
ページTOPへ

TOPトピックスTMO幸手とは?事業についてまちづくりグループの紹介一店逸財スクールネット
幸手市幸手市観光協会幸手市商工会商工会推奨品視察・お問合せリンクサイトマップ

■幸手市商工会 〒340-0114 埼玉県幸手市東3-8-3 TEL. 0480-43-3830 FAX.0480-43-3883
Town Management Organization in Satte City.
TMO幸手

Copyright 2005-2006,TMO SATTE.All Rights Reserved.